自分を表現することが怖かった子供時代の私と、そこからの解放

1. 子供の頃の情景:賑やかな友達の中でおとなしくしていた私

子供の頃、私はクラスの中で目立たない存在でした。
周りには賑やかで活発な友達がたくさんいて、彼らが笑い合ったり元気に遊んでいる姿を眺めるだけで、なんとなく自分が違う場所にいるような気がしていました。

例えば、学芸会での発表の練習や、みんなで意見を出し合う話し合いの場でも、私は一歩引いてしまうことが多く、心の中ではたくさんの思いや考えを持っているのに、それを声に出すことができませんでした。

心の奥底では「私もあの輪の中に入りたい」と思っていたはずなのに、結局、自分を表現することが怖くて、静かにその場をやり過ごすことが多かったのです。なぜなら、私には「目立つと叱られるのではないか」「失敗したらどうしよう」といった漠然とした不安があり、それを打ち破る勇気が持てなかったからです。

振り返ってみると、そうした不安の背景には、親との関係があったのだと気づきました。
当時、私の親は仕事で忙しく、なかなか私にかまってくれる時間がありませんでした。帰宅しても親の顔を見る時間は短く、「ちゃんとやってるの?」という確認だけで終わることも多く、私は自分の話を聞いてもらった記憶があまりありません。
それが幼い私にとって、「どうせ話しても興味を持ってもらえない」「自分は注目されるべき存在ではない」というメッセージになってしまったのです。

2. 禁止令からの分析:自分を見せてはいけないと思い込んでいた私

大人になってから、心理学の「禁止令」という概念を知りました。

その中でも、私が抱えていたのは「見えるな」という禁止令だったのではないかと思います。
この禁止令を持っている人は、目立つことや自分を表現することに強い不安や恐れを感じます。それは、「自分を見せたら恥をかく」「自分を表現すると傷つく」といった考えが根底にあるからです。

この禁止令が私にどのように根付いていったのかを考えると、やはり親の影響が大きかったと感じます。忙しい親にとって、私の小さな喜びや悲しみはそれほど重要なものではなかったのかもしれません。私は「注目されるのは悪いことだ」「自分の思いや感情を見せると、無視されたり否定されるかもしれない」と無意識に思い込み、それがクラスメートの中でもおとなしく振る舞う私を作り出していたのです。

実際、私の幼少期の記憶を振り返ると、何かを話そうとしても「忙しいから後にして」と言われたことや、絵を見せた時に「あら、上手ね」と軽く流されたことが多々ありました。
その一方で、親が私に関心を向けてくれるのはテストの点数や目に見える成果の時だけでした。それが、「本当の自分を見せることではなく、親が喜ぶ結果だけを見せるべきだ」という考えにつながったのだと思います。

3. 再決断療法と私の気づき:ありのままの自分でいい

しかし、この「見えるな」という禁止令は、過去の経験から生まれた思い込みでしかありませんでした。
そして、今の私はその思い込みを手放すことができると知りました。
その鍵となったのが「再決断療法」という考え方です。

再決断療法では、自分の中にある禁止令を見つけ出し、それに代わる新しい信念を作り出します。
私の場合、「目立ってはいけない」「自分を表現してはいけない」という禁止令に代わる信念として、次のような言葉を自分に送りました。

  • 「自分を表現してもいい。安心して自分を見せていい。」
  • 「私には私のままで受け入れてくれる人がいる。」
  • 「自分を出しても大丈夫。傷つくことを恐れなくていい。」

これらの言葉を何度も繰り返すことで、私は自分の中の思い込みを少しずつ書き換えていきました。そして、実際に友達や家族と話をする時、自分の気持ちや考えを隠さず伝える練習を始めました。最初は少し勇気がいりましたが、私が本音を話すたびに、「そんなふうに思っていたんだ」と受け入れてくれる人がいることを知り、心が軽くなっていきました。

4. 自分を表現する楽しさと安心感

こうした過程を経て、私はようやく「自分を表現してもいい」と思えるようになりました。賑やかな友達の中でおとなしくしていた幼い頃の私は、いつも「輪の外」にいるような気がしていましたが、今の私は、自分から輪の中に入っていけるようになりました。それは、「自分を見せても大丈夫」「ありのままの自分を受け入れてくれる人がいる」という安心感を持てたからです。

忙しい親に構ってもらえなかったという過去は、確かに私の中に寂しさを残しました。しかし、それがあったからこそ、今の私は自分で自分を癒し、救う方法を学べたのだと思います。何より、自分を表現することの楽しさを知ることができたことに感謝しています。

「あなたはあなたのままで受け入れられる存在だ」という言葉が、今の私の支えです。そして、その支えをもとに、これからも自分らしい人生を歩んでいきたいと思います。

終わりに

もしこの記事を読んで、「自分も似たような経験がある」と感じた方がいれば、ぜひこう思ってください。

「自分を見せても大丈夫。安心していい」と。

それだけで、世界が少しずつ変わり始めますよ。

2件のコメント

忙しい親に構ってもらえなかったという過去は、確かに私の中に寂しさを残しました。しかし、それがあった“からこそ”今の私は自分で自分を癒し、救う方法を学べたのだと思います。何より、自分を表現することの楽しさを知ることができたことに感謝しています。

この部分に、
ジーンときました。

つつじさん

コメントありがとうございました。

忙しくて構ってもらえなかった、というところは、一昨年松橋先生に心理セラピーを受けさせていただいて、子供の頃の想いとして思い出しました。

それまで、顕在意識の自分としては、親は忙しかったけど大切にしてもらっていた、愛されていたとは思っていて、子供の頃の寂しさには蓋をしていたのです。
確かに、親は忙しい中でも愛情を注いでくれていたとは思うのですが、幼い自分の気持ちに寄り添うことも大切だと感じました。

その後、それを実践することでインナーチャイルドが癒されて、潜在意識が変わって、現実も変わってくるということを体験しています。

そしてそれから、自分を表現していく機会(歌ったり楽器を演奏したり、またコーチングをさせていただいたり、セミナーのシェアなどで自分の意見を発表したり)を得て、自分の成長を感じています。

共感いただき、ありがとうございました。

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